虚用叢

見渡すかぎりうつろなくさむら

2023/2/15

 習慣というほどのものでもないアニメのウェブラジオを聴きながら、親指部分に穴の空いた靴下を手縫いで補修している。人生で初めて足を通した五本指靴下、いつ買ったのだったかと家計簿を開くと去年の9月16日。5ヶ月というと、恋人との交際期間としても短い方ではなかろうか。3足セットで1100円を2セットの6足。リンクス梅田のゼビオで見つけたスポーティーなタイプで、たしか「従来品の3倍の耐久力!」といった文句が並んでいたと思う。実際、値段の割にしっかりとした生地で、初めての五本指に満足げだった。以降、6足でローテーションしている靴下の、何度目かわからない補修である。

 我ながら物持ちが良い方で、親元を離れてからもろくに衣料品を買った記憶がない。それはファッションどころか身だしなみに不精なだけだと指摘されればしかりだが、靴下も例に漏れず、半分が中学生のころから履いているような年季ものだった。それが働き始めてよく歩くようになったからか、頻繁に穴が空くようになった。ついでに、これまでいかに歩かなかったかも知った。ゴムの伸びきった骨董品をわざわざ手直しする道理もなく、10年の歳月をかけてようやく履きつぶすことになったわけだが、その限界が来たのが5ヶ月前ということになる。労働先の後期高齢者の足の指の多様で豪快な変形っぷりは転倒やむなしと納得させる造形で、四半世紀続けてきた先丸から五本指へとスタイルチェンジする勇気を与えてくれた。後日、南ことりちゃんが「五本指ソックス 気持ち良い」と作詞していた。そのとおりだ、と思った。

 されど、穴は空いた。6足もれなく空いた。ゴムの引き締まった、従来品の3倍の耐久力の、洗濯ネットに入れて洗っていた、履くと気持ち良い五本指靴下の親指部分に、つつましく空いた。捨てた靴下より歴史のある裁縫セットの埃を払い、穴を埋めた。爪が長いせいかもしれないと、ネットに書いてあった。爪を短く切った。

 埋めた穴の隣に、また空いた。もっと周囲まで補強しておくべきなのかもしれない。簡単だった補修も、穴が広がってくると、見た目の変化以上に手間が増えた。教養番組で深爪への警告を聞いた。大学の一般教養のサッカーで出血した日の前日も、爪を切っていたことを思い出した。

 アイロンを買おうか迷っている。接着芯という熱でくっつく布があるらしい。これなら針無しで手早く補修ができる。しかし、削ろうとせん手縫いの時間が惜しくもあるような気もする。アニメのウェブラジオというのは少し退屈で、こうした無駄な時間がありでもしないと流せない。針の往復は手と目を縛り、残された耳に冗長な話が流れ込む。穴が塞がるよりさきに、音楽が止んだ。