虚用叢

見渡すかぎりうつろなくさむら

勤続3ヶ月

 既卒無職で1年を過ごした後、今の介護施設で週3のパートとして働き始めてから3ヶ月が経った。介護という職種はそれなりの興味を持って選んだものではあった。とはいえ実務経験もなければ資格もなく、ニートから労働者へ変身する負荷に耐えられる自信も意志もなかった。輝かしいキャリアに興味もなければ、仮にあったとていまさらという身で、だめそうならすぐにでも辞めてしまおう、そう考えていた。それがなんだかんだで3ヶ月続いて、しばらくはこのまま働こうと思っている。そのことがうれしい。『勤続』を辞書で引くと、用例に『⸻二十年の表彰を受ける』と出てきた。わたしの3ヶ月はだれかから表彰されるようなことはないが、入社でも入職でもなく勤続と頭につけるくらいには、うれしい。

 一と月半前と比べると業務にも慣れて、勤務中も休日も余裕ができてきた。いったん所感をまとめておこうと思う。

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満足度評価

 はじめにざっくりと現在の労働の満足度を評価しておく。調べてみると、介護労働安定センターという公益財団法人が毎年介護労働実態調査を行っているようで、これが大規模で面白く、結果を眺めているだけで丸一日つぶれる。最新の令和2年度の調査にある、問15【現在の仕事の満足度】に答えてみる。

①仕事の内容・やりがい……満足
②キャリアアップの機会……満足
③賃金……やや満足
④労働時間・休日等の労働条件……満足
⑤勤務体制……やや満足
⑥人事評価・処遇のあり方……満足
⑦職場の環境……満足
⑧職場の人間関係、コミュニケーション……満足
⑨雇用の安定性……満足
⑩福利厚生……満足
⑪教育訓練・能力開発のあり方……満足
⑫職業生活全体……満足

 あらためて回答してみると自分でも満足度の高さに驚く。全12項目で不満はなかった。まだ始めたばかりで評価するような立場でもない項目もあるし、わたしの願望の低さによるところも大きいだろう。そうはいっても、介護職員を対象とした調査結果と見比べると恵まれている。

現在の仕事の満足度(介護職員、n=8864)

 ここからは項目の中からいくつか抜き出して掘り下げてみる。

賃金……やや満足

 給与は時給制で交通費含め1198円/h。最低賃金からプラス200円以上もらっていることを鑑みれば、それなりではないだろうか。時給には介護職員処遇改善加算という政策による処遇改善手当186円が含まれており、これが大きく給与を押し上げている(どうでもよいが政策の説明が図表だけで文章が無いの、品が無いし見辛いからやめてほしい)。同じ名目でまさかの賞与も出たところで、3ヶ月の出勤時間で割ると時給1300円超となる。無資格未経験、しばらくは0.5人分の役割も果たせていなかっただろうに、ありがたい。

 お金が大きなモチベーションになっているのは確かで、下手な仕事はできないと思うし、介護実務者研修の資格取得も始めた。かといってあくまで今の自分の仕事ぶりに対しては十分という評価であって、家計は苦しい。でも労働時間は増やしたくない。秋の契約更新では時給交渉ができるくらいには自信をつけていたい。

労働時間・休日等の労働条件……満足

 現在はほぼ早出(7:00-16:00)、たまに日勤(8:00-17:00)の2通りのシフトのみで勤務している。ここが働き始める以前の想像と大きく異なる点で、夜勤や遅出で生活リズムが崩壊するものと覚悟していたが、今のところは全然ない。というのも、人間の生活そのものを支える業務であるので、朝と昼と夜とで内容も様変わりし、複数の勤務帯を新人にさせるのは負担が大きいという判断らしい。同時期に入ったフルタイムの新人2人も同様に、遅出専、準夜勤専とルートを進められているようだ。応募時の面接で朝型と言ったのが考慮されたのか、早出が割り当てられたのも幸いである。

 とはいえ、この先別の勤務帯も打診されないとは限らない。先輩の正職員たちは早出から夜勤まで入り乱れるそれはもうカオスなシフトできつそうである。パートであることを理由に夜勤はNGなどと条件を出すことはおそらくできるが、経験としてはありだという打算と、他職員にのみきつい役回りを押し付けるのはどうなのだという気持ちとがあって悩ましい。

 また、こちらが提示した週休4日の条件は厳格に守られ、残業もまだゼロである(勤務帯的に残業してもおそらくやることがないという事情もある)。同フロアの先輩職員の見える範囲では、残業は夜勤時に1、2時間というパターンが多く、前残も含めて月に10から20時間くらいだろうか。すくなくとも勤務時間に関しては、ワークライフバランスに気を遣っている印象がある。

 一点愚痴をこぼすなら、20、30分前出勤が常態化していることだ。たとえば日勤の場合、規定の出勤時刻は8時だが、朝食の配膳も8時で、さらにはそれまでに申し送りの確認を済ませておく必要がある。(おそらく労基法に抵触しないように)早めに来いと明言されることはないが、(下でも触れるふてぶてしい新人を除いて)どの職員も自主的に20、30分前にはフロアで職務を開始できるように出勤している。タイムカードはあるが、労働時間の参照に使われることもなく、休憩や退勤も時間きっかりにされないことも合わせ、毎度40分サービス残業しているようなものである。なんならベテランほどちゃんと休まないので、40分では済まない。考え方の問題と割り切ってもう慣れたが、社会では当たり前なのだろうか。

職場の人間関係、コミュニケーション……満足

 ここの評価が低いと、他の施設、あるいはチームではなく個人で動くことの多い訪問介護への転職を考えることになるだろう。仮に転職して、はたして今より良好な人間関係が築けるとも思えないので、満足という評価に落ち着く。

 施設は5階建てで、わたしは全34床の多床室フロア担当の介護職員の一人である。主に関わるのも同階の介護、看護、リハビリ職員だ。癖の強い人もいるが、新人を除けば皆優秀かつ勤勉で、職務上関わる分には大きな問題を感じていない。ハラスメントもない。地味に警戒していた身体的特徴による不快(体臭、特にたばこ、極度の肥満等)もない。介護はサービス業なのだ。ちょっと声や物音が騒がしい人はいるが。

 雰囲気はドライで、プライベートでの親交は少なそうである(わたしが知らないだけかもしれないが)。うれしいのが交代勤務の関係で休憩を一人で取れることで、心穏やかに昼食を取っている。

 ドライながら職務上の連絡は円滑にできていると思う。高齢者は本当に体調が急変するもので、翌日出勤してみたら救急車で運ばれていたみたいなことも少なくない。口頭連絡はもちろん、申し送り事項は電子カルテに記入され、フロアのパソコンとタブレットで確認するようになっている。介護記録の電子化は、ちょうどわたしの入職時が過渡期だったようで、他人の手書きの字を読まずに済むようになったのは非常にありがたい。

 不満があるとすれば、同階の介護職員以外のシフト表や名簿がないため、他階からのヘルプだったり、人数の多い看護職員だったりの名前がわからない、忘れていることがあり、気まずさを覚える。また、気にするほどではないが、新人の一人が能力のわりにふてぶてしい人で、ときおり先輩にきつく絞られており、当人より見ているこちらの方が気分が悪いというのは否定できない。つまるところ他職員を不快にさせる人は、他職員から不快にさせられる人でもあるのだと思う。自分がそうならないようにしたい。

仕事の内容・やりがい……満足

 やりたいことがない、天職など幻想であるというわたしの人生観は、裏を返せばどんな職務でもそれなりに楽しんでこなせるだろうという楽観でもあり、ここに不安はあまりなかった。しいていえば能力不足による苦労はありうるが、まあなんとかやれていると思いたい。

 人手が不足しているというのは、その分だけ能力がなくても雇用を守ってもらえるという雇用契約者間の力関係でもあるから、介護を選んだのはそういった理由もある。回答項目に雇用の安定性とあったが、向こうから切ることはまずないだろうし、世界的な超高齢社会において、ただ働くだけならこれほど安泰な職業もないと思う。

 業務内容をつぶさに取り上げて、これが楽しい、これがつらいと話を広げることもできるが、それと辞職しないこととはさほど関係がないように思える。どうしても耐えられない業務がないというだけで条件はクリアしているのではないだろうか。これだけだとネガティブに見えるかもしれないので補足しておくが、今の業務にはやりがいを感じている。得られる知見、経験は日々新鮮である。働いている自分を好きでいられている。

今後

 所感をまとめたことで、現状への満足感は強化された。無職時代と比べて、現状維持でもよいという意識は心に安寧をもたらしている。先にも触れたが、唯一やや満足の評価にとどまった時給と能力の向上を目的に介護実務者研修という業界の王道資格の取得を始めている。ただ、費用が高くてやりきれない。テキストと約50時間の教室授業で10万円。試験で能力を問うのではなく、気前よくお金が払えるかどうかを問う資格である。職場というより、業界へのこうした不信感はこの先も見えてくるかもしれない。テキストを読むだけなら投げ売られた古本で十分。せめて今月始まる授業を実りあるものとしたい。